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新緑と常緑がおりなすグラデーション。キレイ。
全長3,610mm 全幅1,690mm、ホイールベース2,365mm。こんなに小さなクルマが、それこそ手となり足となって、運転手の思い通りに動いてくれるとは。なにしろ、横幅を無視すれば軽自動車と変わらない大きさなのに、だ。
繰り返すが、これはルノーの宣伝のために書いているのではない。それこそありとあらゆるクルマに乗って来たクルマ好きとして、幸いにも知ることができたその個体の価値を、自分だけのものにしておくのはもったいないからしたためている。
トゥインゴ ゴルディーニ ルノー・スポール 1
どんなクルマに乗る時でも、個人的な流儀で低いギアではあまり引っ張ることをしない。低いギアでは駆動力が大きいのは当たり前だし、回転を上げられるとしても瞬間的なものだ。高回転を保てば駆動系にも負担がかかる。第一、燃費に悪い。
ターボで加給されていたとは言え絶対的な排気量が小さかったトゥインゴGTは、2,000回転以下ではやはり、トルクの細さを感じた。しかしルノー・スポールの1.6リッターエンジンは下から上まで不足がない。
発進してすぐに2速に入れ、あとは1,500回転も回してやれば、3速30Km/h、4速38Km/hに達し十分に流れをリードする加速を見せる。タウンスピードでの5速は1,500回転回るかどうかで4速ホールドにしたい気持ちにはなるが、5速のままでも痛痒は感じない。もちろん、トゥインゴ ゴルディーニ RSに乗る時は街中でも5速を多用する。メーターに表れる瞬間燃費を見ても、そのほうが経済的だから。
トゥインゴ ゴルディーニ ルノー・スポール 2
しかし、高速道路に乗り込む時になるとその経済観念はどこへやら。『サーキットを走る時のためにふだんはできるだけガソリンを使わないように』と心に決めているのだが、4,000回転に近づくにつれてどのギアでも「もっと回してもいいですよ!」と語り掛けて来るエンジンの誘惑に抗うのが難しい。
安全のためにも本線の流れをわずかに上回る速度まで加速してから合流するものだから、そんな時は4,000回転回せば100km/hに達する4速がピッタリ。スロットルで速度をコントロールしながら余裕を持って合流することができる。回している時間はほんのわずかだし、経験的に燃費に影響することがないこともわかった。
だが、このエンジンの真骨頂はタコメーターの針が4,000に近づこうとするあたりから始まる。とにかくよく制御されたエンジンは、経済観念をポケットにしまい前だけを見てスロットルを開ければ、イエローゾーンが始まる6,500回転までなんのためらいもなく吹け上る。しかも回転の上昇とともに盛り上がる≪パワーの出方≫はレーシングエンジンのそれに似ていて、思わず「そうだよな。そうなんだよな」とうなづいてしまう。
トゥインゴ ゴルディーニ ルノー・スポール 3
もっとも、昔の、オーバーラップ105度のカムを入れツインチョークのソレックス2基でガソリンを浪費するレーシングエンジンでレースをしたことのある者にとっては、あの爆発的な加速感が味わえないことにいちまつの寂しさを感じる。しかし現代は昔ではない。誰もがもっと先を目指すことを許された時代ではない。
今という時代を考えれば、トゥインゴ ゴルディーニ RSが与えてくれる洗練された強烈な加速が市場に残っているだけでも喜びとしなければならない。昔流に言えば決して硬派なクルマではないけれど、だからこそより多くの人が機能を追い込んだクルマを味わえるのかも知れない。
そして。計算上7,000回転で137Km/hに達する3速。条件が許されれば180Km/h近くまで伸びるであろう4速。市販車でありながら、回転が上れば上るほどにストレスがなくなるようなフィーリングは今の時代だからこそなのだろう。
トゥインゴ ゴルディーニ ルノー・スポール 4
話がエンジンに偏ってしまったが、トゥインゴ ゴルディーニ RSは足も速い。車格からして当然の短いホイールベースに起因するピッチングによる上下動は小さくないが、ルノー車に共通するのかトゥインゴGTや昨年代車で借りたカングーに似たリアサスペンションの落ち着きは秀逸。
前にも書いたが、ノーズダイブとテールスクワットに対する制御は他のクルマでは見られない種類のもの。一度ルノーのエンジニアにその秘密を聞いてみたいものだ。
トゥインゴ ゴルディーニ ルノー・スポール 5
とにかくエンジンが速いだけではなく、足も速い(と言うことはボディも)。それも日常生活に必要ではないレベルに踏み込んだ速さだ。
使い切ることのできない機能を備えたクルマだからこそ、クルマ文化の証しとして、また運転が好きな人が味わえる機会が増えるように、末永くルノー トゥインゴ ゴルディーニ ルノー・スポールが売られ続けることを願わずにはいられない。
東名鮎沢SAからの富士山
昔も今も「羊の皮をかぶった狼」と形容されるクルマが好きだ。
軽自動車免許を取って公に運転できるようになってからまもなく48年になるが、その間、乗用車を手に入れるなら絶対に羊の皮をかぶった狼のようなクルマにしたいと思い続けてきた。
小山町からの富士山
初めてそのフレーズを目にしたのは、免許年齢前のこと。自動車雑誌を読みながら妄想にふけっていたころ。確か、英国フォードが作っていたフツーのセダンのコルチナにツインカムエンジンを搭載し、レースやラリーで大排気量のクルマを相手に奮闘していたことから形容されたと記憶する。なんてことのない外観をしながら内に秘めた実力は本物。いざという時には身の丈を超えた力を発揮する。そんなクルマに憧れていた。
誤解のないように付け加えよう。羊の皮をかぶった狼的なクルマが好きなのは、それを手に入れれば自分が狼になれるからではないし、狼になりたいと思っているわけでもない。まして、狼になることを羊の皮をかぶることで正当化しようとしているのでもない。それはさておき、
小山町からの富士山
昔、八重洲出版が発行するドライバー誌の嘱託をしていた頃の話。カローラレビンが憧れだった。初代の27レビンだ。そのレビンがモデルチェンジをして37になった時、試乗して大いにがっかりしたことが記憶の片隅にある。試乗記の担当ではなかったので原稿にはしなかったが、編集部で「これは改悪だな」ともらしたものだから大論争になったことがあった。
確かに37レビンは27に比べて高級感が漂うクルマに仕上がっていた。しかし大きくなって重くなりバネ下がドタバタする37は自分の尺度で測ると、二歩も三歩も憧れの存在から遠のいてしまっていた。
ところが、編集部では37レビンの評価が高かった。クルマの進化はかくあるべし、という論調が多数を占めていた。硬めのサスペンションで乗り手に「クルマに合わせろよ」と強いていた27から、「あなたにも乗れますよ」ともみ手しているような37になったというのに、だ。
「だったらレビンである必要はないだろ」と心の中で軟派な編集部員達に毒づいたものだ。それはさておき、
小山町にて
ユイレーシングスクールを始めるために日本に来た1999年。足がないと困るだろと、某自動車雑誌の編集長がサーブ900をくれた。サンルーフ付きのマニュアル。かなりくたびれてはいたが、ターボチャージャーで過給されていたし、屏風のようなウインドシールドのおかげ(?)で、それなりに羊の皮をかぶった狼的ではあった。それはさておき、
富士スピードウエイで
日本に来てからしばらくは、ユイレーシングスクールと掛け持ちで茨城県にあるカート場でモータースポーツファンを増やすことに没頭していた。そのカート場には軽トラックがあって、これが楽しくてしかたがなかった。カート場の周囲は田んぼであぜ道というか簡易アスファルトの細い道が縦横に走っていた。ここを軽トラックで走るのは本当に気持ちが良かった。
なにしろ空荷だと極端なフロントヘビー。そこにオーバーハングするように運転者が乗るものだから、右前輪の過重は増えるばかり。あぜ道を快適に走ろうとすると正確な姿勢制御が必要だった。幸いリアがソリッドアクスルで常に対地キャンバーが不変だったから、ひんしゅくをかわない速度でも面白いようにスリップアングルをコントロールできた。
軽トラックは軽トラックで狼が中に住んでいるわけではない。しかし荷物を満載しても走るように作られた軽トラックは、空荷の時ならば乗り方によって羊の皮をかぶった狼の息子ぐらいに変貌した。
余談ながら、そのカート場にはラジコンカー用のオーバルコースがあった。カート2台を横に並べればあまり余裕のないコース幅ではあったが、そこを使ってレンタルカートでレースをやった。「こんなところで抜けるわけがない」、「レースにはならない」との声をよそに、オーバルレースの走り方を説明しながらカートではベテランの連中に試してもらったら、見事レースになった。追い抜きにはみんなが歓声を上げた。残念なことにかなりのスキルがないとレースにならずパレードになってしまい、日本初のグラスルーツオーバルレースがお蔵入りになってしまったのが悔やまれる。それはさておき、
琵琶湖を背景にマキノ町で
2010年の春だったか、エンジンドライビングレッスンにルノー ルーテシアRSで参加された方がいた。不明にも、その時までその存在を知らなかった。しかし聞けば、リッターあたり100馬力で車重1.2トンちょっと。この日はルーテシアRSの同乗走行をする機会がなかったから、結局その走りを体験することはできなかった。
それでも、『その匂い』がプンプンするルーテシアRSの魅力には勝てず、その日のうちに購入を決めた。まだ乗ってもいないのに、だ。自分用に買った人生2台目の乗用車が終生の伴侶となった。それはさておき、
マキノ町ではこんな低いところに虹が
クルマを選ぶ時はそんなもんだ。理屈はいらない。要は、自分の主張に合うクルマに出会うことができるかどうかだ。その意味では、あの日ルーテシアRSでエンジンドライビングレッスンに参加してくれたIさんに感謝しなければならない。それはさておき、
もっと緑が濃くなるころに来たいマキノ町で
筑波サーキットでルノー トゥィンゴ ゴルディーニRSを受け取った帰り道。兄貴より小さくて力もないけど、その勝るとも劣らない狼度を満喫しながら670キロを走った。
もちろん個人的な気持ちではあるのだが、ルーテシアRSを所有していながら弟に惚れた。確かに長距離を走るのならばルーテシアRSのほうが楽ではある。歳を考えればルーテシアRSのほうが似合っているかも知れない。絶対的な性能も弟を上回るのも事実。
しかし選んだクルマがそういうものだと覚悟を決めれば、弟ではいけない理由はなくなる。大きさもいい。足もよく動く。第一、4,000回転回っていれば自分の気持ちを抑えることが必要になるエンジンがいい。
どんなクルマでも性能を『満喫する過程』が楽しいものだ。絶対的な速さと快適さ同時に求めるのならばそれに応えてくれるクルマはたくさんある。でも、大切なのは等身大の自分を表現できるクルマに出会うことだ。
それは、数値には表れない感覚的なもの。自分が使いきれるか使い切れないかのギリギリで操ることができるクルマに乗りたい。
それは、クルマを走らせる時、常にクルマに対する畏怖の念を抱いていたいからなのだと思う。
ルノー トゥィンゴ ゴルディーニ ルノー・スポール走る。
新たにYRSフリートに加わったトゥィンゴ ゴルディーニRS。
まだその持てる実力を全て引き出したわけではないが、この工業製品はクルマ好きにとって『買い』だと直感した。もちろん個人的な感想ではあるのだが。そして悔しいことに、生涯の伴侶として選んだルノー ルーテシア RSを上回るほど官能的。
クルマを意のままに操りたいと思う、あるいは思ったことがある方は、すぐにでも手に入れる算段をしたほうがいい。そしてユイレーシングスクールのオーバルスクールに参加してほしい。間違いなく『人車一体』を味わえるから。
少し長くて、ルノー トゥインゴ ゴルディーニ ルノー・スポール。
ルノー ジャポンがトゥィンゴGTに換えてユイレーシングスクールに貸してくれることになった。4月からユイレーシングスクールの活動を牽引していってくれるトゥィンゴ ゴルディーニ RS。ブログや動画に登場することになる。
まずは富士山にご挨拶
枝垂桜や
紅梅や
桜と
湖西の桜には間に合った
1週間前にはまだ蕾だったのに
少しばかりトゥィンゴGTよりいかめしいけど、昔の人間にとっては嬉しいNAエンジン。これからじっくりと付き合っていこうと思う。
2010秋。
2010秋。 トゥインゴGTと初対面。
2010秋。 町に連れ出したら色づいた銀杏がお出迎え、
2010冬。 アクアラインを渡ると真っ青な空が広がって、
2011冬。 年が明けてずいぶんたってから雪が・・・、
2011春。 トゥインゴGTがみんなを笑顔にして、
2011春。 一緒に記念撮影して、
2011春。 一緒に桜を愛でて、
2011夏。 ともに富士山を仰ぎ、
2011夏。 琵琶湖を望み、
2011夏。 先導車をつとめたことも、
2011秋。 運搬係りをつとめたことも、
2011秋。 湖西の秋を出迎え、
2011秋。 同じ鮮やかさに感動し、
2011冬。 富士山に見入り、
2011冬。 鈴鹿サーキットを体験し、
2012冬。 F1GPが行われたコースを走り、
2012春。 桜吹雪とたわむれ、
2012春。 旧友と出会ったり、
2012春。 オシャレなカフェにたちよったり、
2012春。 こんな格好をしてみたり、
2012夏。 みんなが走るのを見守り、
2012夏。 強い日差しを満喫し、
2012夏。 時には身体を労わり、
2012夏。 兄と写真におさまったり、
2012秋。 親戚と記念撮影したり、
2012秋。 卒業生を送ったり、
2012秋。 湖西線を見送ったり、
2012冬。 日の出の富士山に出会ったり、
2013冬。 突然の雪に凍えたり、
2013春。 ビデオの撮影に励んだり、
2013春。
そして、旅立ちの時。
See you sometime and A・RI・GA・TO !
風が強く富士山もかすむ
その昔。子供が生まれたのを機にレース禁止令が出た。出産の1週間前まで大きなお腹を抱えてクルーキャブに乗り込み一緒にレースに行っていたぐらいだから、奥さんもモータースポーツが嫌いというわけではない。我が二人だけのチームには欠かせないクルーチーフでもあった。しかし、異国の地で初めて授かるのが双子ということもあって、なかば自発的に禁止令を受諾(!)した。
ところが、サーキットに行かなくなるとどこか落ちつかない。なんとか合法的に(家庭内の話だが)サーキットの空気を吸うことはできないかと策略をめぐらし、それまでのコネを駆使して始めたのがジムラッセルレーシングスクール日本語クラス。自分で走るのではなくみんなに走ってもらうのだから、と強引な理由で奥さんの承諾を得、ジャック・クチュア校長に日本語クラスの重要性を説き、ワープロ(!)で日本語の教科書を作り、受講生がカリフォルニアにくれば15人乗りのバンを運転して空港に出迎えに行き、レストランでは全員の注文を通訳し、できることは全て自分でやってコストを抑え、なんとか日本では経験できない3日間、初日からフォーミュラカーで練習するカリキュラムを受けてみてほしいと奔走した。
そのかいあって、最終的には延べ230人あまりの人が受講してくれた。中にはふだん乗っているクルマを売って資金にあててくれたた方もいたし、中には日本のレースで好成績をおさめていた方もいた。様々な方に参加してもらったが、3日間クルマのこと以外考えない空間というものはいい経験になり、いい思い出になったはず。
AT車しか乗ったことのない方が緊張の面持ちで挑戦した1日目のスレッシュホールドブレーキング。3日目には立派なレーシングマシン使いになっていた。日本で自動車メーカーのサポートを受けてレースに参加していたドライバーが、アメリカを発つ前に手を差し伸べながら「トム、最高だった。まさに目から鱗」と言ってくれた一言。この他にも、ボクにとってはとてもとても貴重なたくさんの思い出が、ウィロースプリングスレースウエイやラグナセカの光景とともに思い出される。
1日目は快晴 午前の部終了で記念撮影
1999年暮れにユイレーシングスクールを初めた時からジムラッセルレーシングスクールに倣って数日間のドライビングスクールをやりたかったのだが、当時の日本はサーキット走行がブーム。専有時間をとるのもひと苦労。それに、何日もクルマ漬けというのは日本の風習に馴染まないのか、ようやく開催にこぎつけたのが2002年春。筑波サーキットのコース1000とジムカーナ場で、クルマだけに集中してもらう2日間を演出することができた。
2006年からは場所を富士スピードウエイに変更。それ以降、毎年YRSツーデースクールを開催してきた。中にはサーキットを走るのはこのツーデースクールだけと決めている方もいる。年配の方がYRSツーデースクールでサーキットデビューを果たした例も多い。
そして今回。14回目のYRSツーデースクールを開催。28歳から65歳までの青年が2日間いっしょうけんめい無心に走った !!!
ツーデースクールの朝はコース歩行から始まります
クルマという機械を操る運転は頭を使わないと上手くならないけれど、走りながら考えるのは逆効果。走り出したら雑念を捨て、無意識行動で運転することが望ましい。そのためにも、短期間に集中して身体に理屈を叩き込めば、運転はもっと楽しくなるし安全率は飛躍的に向上する。人間、一度身体が感じたことは、おいそれとは忘れない。
今年はあと1回。9月の28、29日の土日にYRSツーデースクールを開催する。ルノーオーナーの方はそれまでに少しだけ出費を抑え、ぜひ自分に投資してみてほしい。
※ 今回はルノー車が2台参加
ピットにならぶ兄弟
ヒラリとコーナーを
ウナリをあげてストレートを
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※ ルノー トゥインゴGTはというと、
デモランで目指すとこをイメージしてもらいます
イメージは無意識行動への近道です
そしてカメラを搭載して活躍。
太いトルクを生かして
ノーズをもたげ
粘る足で地面をとらえます
その時の動画がこれ。
○ ルノー トゥインゴGT 富士スピードウエイショートコースを走る
あくまでも個人的な思いではあるのだけれど、クルマにはサーキットが似合う。サーキットを走るクルマはイキイキしている。
機会があれば、あなたもサーキットを走ってみませんか? 速く走ることが目的ではありません。クルマがのびのびと動く様を感じるためです。
いつも富士山といっしょ
YRSのメインステージから富士山を仰ぐ
日本でユイレーシングスクールを始めた頃には想像もできなかったことだが、この10数年で世の中は劇的に変わった。
ユイレーシングスクールの活動をビデオに撮影して、それをユーチューブというツールを使いインターネットで全世界に配信できる。配信すれば直ちに反応が返ってくる。ユイレーシングスクールの動画は決してエンターテイメント性の高いものではないけれども、アップロードするたびに視聴してくれるファンもいる。再生されている国も日本だけではない。再生履歴には北米、アジア、ヨーロッパの国々の名前が並ぶ。
このブログにしても、寄せられるコメントの全ては英語。はたしてどのくらいの国の人がアクセスしてくれているのかはわからないが、情報を発信する機会を与えてくれたルノー・ジャポンには大いに感謝したい。
ということで、最近アップロードした動画を紹介したい。
○ YRSスキッドスクール その1
○ YRSスキッドスクール その2
○ トゥィンゴGT YRSオーバルロンガーを走る
○ 2013YRSオーバルレース第1戦 Bグループ ヒート1
↓ その他の動画
□ YRSオリジナルビデオプレイリスト
クルマは動かすのはもちろん楽しいけれど、クルマが動く様を見るのも楽しくないわけがない!
大事な大事な大事な宝物
新しいパソコンを追加したのでファイルを整理していたら、懐かしいテキストファイルを見つけた。
当時、5年勤めたツインリンクもてぎ北米代表の委託契約を更新をしないことに決めてからというもの、なんとかして日本のモータースポーツを活性化できないかと考える毎日を送っていた。キーボードアレルギーではあるけれど、我慢しながらモニターに向かっていたある日、クルマ好きが集うメーリングリストを見つけた。
クルマの運転について、あるいはサーキットの走り方、あるいは改造について意見が飛び交うメーリングリストだった。
以下の文章はそのメンバーだった久我さんが投稿したものだ。時は1999年。その後、久我さんはユイレーシングスクールの発起人にもなってくれ、スタッフとしてもユイレーシングスクールの活動を支えてくれた
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□ 山梨のミニサーキットで 久我昌文
20世紀も終わりに近づいた年の春、ボクは「クルマの楽しみ推進委員会」というメーリングリストに参加した。名前からしてわかるように、「クルマをもっと楽しもう」というテーマで集まったコミュニティだった。主催者の中村竜志氏は、「人とクルマの関わりあい方」について常に問題提起して、「今のクルマ社会って、不自由じゃない?一人一人の意識を行動に移して変えていこうよ」と呼びかけていた。
メーリングリストに参加してから数ヵ月後、中村氏からアメリカで暮らすモータージャーナリストのトム・ヨシダなる人物が新たに参加すると紹介があった。たしかその名前は何度かクルマ雑誌で目にしたことがあった。インターネットはたしかに人と人の「距離」をないものにする。日本の片田舎に居ながら、海の向こうのプロのジャーナリストと「会話」するなどということが現実に起こるのだった。
実際、そのトム・ヨシダ氏は「ホンモノ」で、ボクが思っていたよりも、もっと日本やアメリカのモータースポーツに深く関わっている人だった。トム氏の展開する豊富なレース経験や知識、日本ではほとんど紹介されたことのないアメリカのモータースポーツの話題は、すぐにメーリングリストのメンバーを魅了していった。
そして、その年の夏。走行会で知り合った友人からメールで、「山梨のミニサーキットに行ってみないか」、と誘いを受けた。このコースは、クルマ雑誌でよく紹介されていていたが、未だ走ったことのないサーキットだったので、すぐにOKの返事を出した。このことを「クルマの楽しみ...」で話すと、何とアメリカ在住のトム氏がスケジュールを合わせて山梨までやってくる、というではないか。しかも、コースを走るわけではなく「キミたちが走っているのを見たいから」という理由だった。そう言えば、トム氏の経歴の中にジムラッセルレーシングスクールのインストラクターを務めていたとあった。レーシングスクールがどういうものか知らなかったが、きっと速く走るためのコツを教えてくれるのだ、と思った。誘ってくれた友人にこのことを話すと、学生時代にダート走行をやっていた彼は喜んだ。
中村氏もこのことを歓迎してくれ、「オフミーティングをしませんか?」とメーリングリストで呼びかけてくれた。
「山梨のミニサーキットに集合っ!」。コンピュータネットワーク上での会話だけのつきあいは、一気に現実の出逢いへと移行して行った。
あっ、という間に夏は過ぎ、初秋の山梨。朝早い時間からボクらは山間のミニサーキットへと集まった。アップダウンに富んだそのコースは、幅も狭く、峠道そのものといった印象だった。山の朝のひんやりとした空気を吸いながら、ボクらは挨拶を交わした。トム氏とはもちろん、中村氏とも初めて顔を会わせたのだった。
ボクらの中で、コースを走るクルマは5台だった。FRターボ車、4WDターボ、FFライトウェイトスポーツ、AT車と車種もバラバラだった。走行時間は1つのセションが30分、セション毎にチケットを買って走るのだった。
トム氏はボクらが走るのをコース脇から見ていてくれる、という。「何周か走ったらピットに入ってきて下さい」と言われた。自分が走っているのを見てもらって、その都度アドバイスを受ける、とういうのは初めてのことだった。最初に、「テーマを持って走ったほうがいいですよ」といわれても、「そんなの速く走ることに決まっているじゃん」と思った。ホントにバカである。でも、アドバイスしてくれるトム氏はそんなことはもちろん言わず、笑顔を絶やさず、易しく丁寧に教えてくれた。他のメンバーに対しても同様だった。
その当時のボクは「ブレーキはコーナーに入るギリギリまでガマンするもの」と思っていた。今でもユイレーシングスクールの教科書に書かれている勘違いの例は、そのままボクの走り方に当て嵌まった。ガソリンをいくら使っても、頭を使わなければ速く走れない。
結局、30分の走行セションを2回行って走行を終えた。「クルマさんともっとなかよしになったほうがいいよ」。トム氏の言っていることは一見簡単なようでいて、実践するのはとても難しかった。メーリングリストで繰り返し言われていたこの言葉の中に、たくさんのメッセージが込められていたことに、ようやく気がついたのだった。
中村氏はメーリングリストメンバーのオフミーティングというレポートで、アドバイスを受けたボクらの姿を、すぐさまWebサイトにアップしてくれた。ご丁寧に最終コーナーの動画つきである。走りはじめてすぐの映像だろう、下りストレートからのターンインで外側のフロントタイヤにだけ負担がかかっているのが写っていた。「自分は未だクルマの性能を出し切っていない」「どうすればもっとクルマとなかよしになれるのだろう」「何とかもう一度アドバイスを受けられないだろうか」という思いは、日に日に大きくなるのだった。
山梨での走行会から2ヶ月ほど後、ボクは一通のダイレクトメールを受け取った。そこには、ユイレーシングスクールの日本で最初のドライビングワークショップが、桶川スポーツランドで開催されることが記されていた。チーフインストラクターにはトム・ヨシダの名前が記されていた。わざわざ山梨までトム氏が来たのも、日本でレーシングスクール開校の可能性を探しに来ていたのだった。開催場所は違ったが、それでもこのメールはボクにとって待ち望んでいたものだった。師走の平日が開催日だったが、すぐさま受講を申し込んだ。
そして、12月の寒い朝。眠い目を擦りながら、桶川のコースに辿り着くと、山梨で出会った優しい笑顔が、集まったもっと多くの生徒たちに向けられていた。
「クルマをもっと楽しもうよ」。この日から、ネット上でのバーチャルな呼びかけは、現実化へと向かったのだった。<了>
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日本で最初のドライビングスクールを終えてメーリングリストに掲載したのが以下の文。
◇ 第一回ドライビングワークショップを終えて トムヨシダ
9月のスポーツランド山梨に始まり、11月の桶川、そして12月のドライビングワークショップと皆さんの走りを見させてもらった感想です。
結論を先に言うと、次の3点が気になりました。
1)クルマの高性能化が運転技術をかなりスポイルしていること
2)情報の取りこみが不足していること
3)クルマさんとの対話が十分ではないこと
1)に関しては、特にサスペンションを固めてあるクルマに慣れている人に見られたのですが、一言で言うと「クルマの性能に頼った運転」をしています。逆の言い方をすれば、もしクルマの性能が低ければ間違いなく危ない状態に陥るような運転です。おそらく、ふだんの運転でもクルマが自分の思う通りに動くものだと確信しているのだと思いますが、これは極めて危険な考えです。クルマは人間からの入力がなければ動きもしないただの機械ですが、入力次第によっては人間の想像をはるかに超えた動きを見せます。
クルマを安全に走らせるのにはスムーズにクルマを走らせることが必要です。速く走らせるのにもスムースに運転することが必要です。目的は違っても、クルマと言う「人間能力拡大器」を扱う最低限のルールはスムースな操作です。速く走りたいとか、前のクルマに追いつきたいといった、人間の感情が入り込んだ情緒的な操作ではクルマは正確に走りません。
もし今まで事故もなく、そこそこ満足できる走りができていたとしたら、その方達は幸いにもクルマさんの性能に助けられて無事だったので、運転が理にかなっていたからだとは思えません。
2)に関しては、走行会でアドバイスした時もワークショップでブレーキングやコーナリングの繰り返し練習をした時にも感じたのですが、ブレーキングやターンインのポイントを指摘してもそこにクルマを持っていけない人が多く見られたのがひとつの例です。
コース際には何かしら目印になるものがあるはずですし、ワークショップでは要所にコーンを立てています。しかし多くの方が、基本となるラインをトレースできません。といっても、見ていないわけではなく、顔の動きから想像するに見てはいるのです。
ところが、実際にはポイントを逃す結果になっている。
おそらく、目から情報は入っているのでしょうが、その扱い方(重要な情報を選択し、どうでもいい情報は瞬時に捨てる)がチグハグなのかも知れません。あるいはトンネルビジョンになっていて、物が近づくほどに前後関係が曖昧になるのかも知れません。
速く走ればそれだけ多くの情報の中を通過することになります。必用な情報の取りこみが重要なことは言うまでもありませんが、多くの情報の取捨選択も必要です。
3)どの場合でも、一人の例外を除いてはふだん使っている自分の車を運転されていました。ところが、サーキットで走るとクルマさんとの関係がギクシャクしているように映るのです。
サーキットという特殊な場所で走るというのも関係しているのでしょうが、走っている速度域は高速道路で体験済みの範囲に過ぎません。
サーキットを走るという非日常の昂揚感が慣れ親しんだクルマの操作にすら影響を与えている、と思えなくもありませんが、実際のところは本人にもわからないでしょう。
ただ、基本的にはどんな情況であろうとクルマの運転は普遍であると思いますし、クルマの動きに対応して走らなければならないという決まり、「Do not anticipate, Do react!」は同じはずです。
皆さんの走行を見せていただくたびに、私自身が多くのことを学ぶことができます。この点は感謝してもしきれないものです。
まだ始まったばかりのユイレーシングスクール日本ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。
ルーテシアRSの足は最高
3月9、10日に開催するYRSツーデースクールにまだ余裕があります。時間の許す方はぜひご参加下さい。
・YRSツーデースクール開催案内&申込みフォーム
原則的に、ユイレーシングスクールはクルマの機能を発揮させることを運転技術習得の最終目標にしている。
従って、いかなる時でも、駆動形式が異なるクルマでも、常に前後輪のスリップアングルが均一であることを理想としている。
しかしある夜。水割りをなめながらあれこれ考えているうちに、バランスを崩した時にユイレーシングスクールの卒業生がどんな対応をするか見てみたくなった。今までの路線と違ったテーマに直面した時、どうクルマを操るかを知りたくなった。それで開催したのが第1回YRSスキッドスクール。
富士スピードウエイの駐車場に水を撒き、人工的に路面の摩擦係数を低くした真円コースとオーバルコースを作って走ってもらったのが以下の画像。
散水車が出動
ふだんはテールを流すのはご法度、ましてスピンなどしようものなら○○○のユイレーシングスクールで、今度はテールブレイク距離を競います、なんて言われたものだから、参加者も面食らってはいた。
とにかく、なんとかしてオーバーステアの状態を作り出すのだが、テールが少しでも流れるものならたちまち修正してしまう。本人達は意識していないのだが、身体が反応してしまう。瞬時にテールスライドは収まり、何事もなかったかのようにクルマが安定する。それはそれで褒められるべきことなのだ…。
「今日は無礼講だから、なんとしてでもテールを流して!!!」と叫んでも、日ごろカウンターステアが好きな人以外は悪戦苦闘。いつになく真剣な表情で走る参加者を見て、スキッドスクールも悪くない、と思ったものだ。
BRZで元気だった○代さん
絵になるものだ
4駆でもこの通り
4駆はアンダーが強い、のではない
ミッドシップでも
振幅は小さいが蟹走りはできる
軽いロードスターはうってつけ
ヨーモーメント中心を見つけやすい
ただ非力なのが…
新しいクルマは何かが介入するのか…
クルマは超安定方向
RRのポルシェも
ドッカンターボのポルシェも
1.6リッターのエンジンだと
推進力の確保が難しく
おいしいところの幅が狭い
う~ん、いいもんだ
コース設定もバッチリ
コースを外れればクルマは即停止する
顔が引きつっているのは氷点下だったから、です
水を撒けばスキール音はでないしタイヤも減らない。こんな運転の楽しみ方もありなんだ、なと。
当日の動画はこちら
【独白】初めてのYRSスキッドスクールを終えて、改めてクルマの動きを理解することの大切さを感じた。この日、テールスライドを誘発するのに苦労していた参加者は、みな同じような公式に則って反応していた。その公式には、クルマがバランスを崩した時に何をなすべきかが書いてあるはずだ。その公式が確立しているからこそ、「テールが出ない!」と悩んでいたわけだ。もし、公式にたどり着いていない人ならばもっと簡単にクルマを振り回せたかも知れないが、逆に、公式が確立しているからこそ『お尻を振る』のが難しかったのだ、と理解すべきだと思った。クルマを運転する人がみんな公式を備えていれば、クルマ社会はもっともっと楽しくなると思う次第。
Phto:Takasi Nakazawa
その昔。アメリカに住んでいた時に歯医者さんに言われたことがある。
歯医者さん:一生懸命歯を磨いているのはわかりますが、力が入りすぎているのか歯が削れていますね
心の声:何っ?硬い歯が削れるわけないじゃん
歯医者さん:歯のためにはソフトに歯間に歯ブラシの毛先が届くようにしたほうが効果的です
心の声:歯磨きの時間がもったいない。ゴシゴシやってどこが悪い!
テレビコマーシャルで歯ブラシをお箸のように持って優雅に磨いているシーンを見たことはあった。しかし、どう見てもコマーシャル用の演技に思え、自分ではかたくなにゴシゴシの道を歩んできた。
しかし数年前に日本で歯医者さんにかかった時、歯科衛生士さんが磨き方のお手本を示してくれた。たまにとても柔らかな手を唇に感じながら、持たされた鏡で磨き方を観察すると、やはりコマーシャルのように優雅にやさしく、お箸のように持った歯ブラシを小刻みに動かしていた。
その動きに合わせたように、『こうするほうが効果はありますよ』なんてやさしく言われるとその気になって、その日の夕食後さっそく試してみた。お箸のように持っていては力が入らないはずだけど…、と自説を曲げたくない気持ちと戦いながらやってみた。
するとどうだろう。歯ブラシをストロークさせるのがとても楽。こぶしで歯ブラシを握りしめていた時より速く往復させることができる。
で、突如として気が付いた。「ステアリングホイールの握り方と同じかぁ。力を入れてはダメなのね」。
蹴飛ばすか
トランジッションを意識するか
気付くのに何十年かかってんだ、と自分を呪いながらも、クルマの運転に通じるものがあるな、と妙に感心したものだ。
そんなことを考えながら編集したビデオがこれ。
「いくら急いでいても過重が移動しないうちに制動力を立ち上げてはクルマは減速しませんよ」と言うのだけれど、クルマを速く走らせようとするとスロットルを長く開けていたいのか、ブレーキをかける段になるとペダルを蹴飛ばしてしまう人がいる。まるで、早く磨き終えたいからと力任せに歯ブラシを握りしめていた誰かさんのように。
もちろん、今のクルマとタイヤならどんなふうにブレーキをかけても速度は落ちる。ことさらブレーキングテクニックを云々する時代ではないのかも知れないが、サーキットを走らないまでも、クルマを思い通りに動かしたいと思うのならばウエイトトランスファーを制御するためのトランジッションは欠かせない。
くだんの歯科衛生士に、『よく磨いていますね』と言われるのが嬉しい今日この頃。
※動画の中に一部見苦しい部分があります。靴の動きを注視しながらご覧下さい。